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diary

映画と本

『幕が上がる』(2015年)本広克行監督

cinema

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演劇部と、ももいろクローバーZの活動を照らし合わせることができるのが、この映画の特権的な楽しみ方だ。ファンの誇大妄想ではなく、それを狙った仕掛けが多々ある。例えば、高橋さおりが(百田夏菜子が)部長に(リーダーに)なるときの自覚のなさからはじまり、小ネタでいえば、ゆっこ(玉井詩織)と高橋さおりがベッドに入るシーン、松崎しげるの出演など、少し飛躍してしまうが、高橋さおりが尊敬している先輩に早見あかりの影が重なるし、有安杏果が転校生役というのも必然のような気もする。なかでも、一つここでひろげてみよう。

 高橋さおりの懇願により、吉岡先生(黒木華)は演劇部の稽古を見学することを約束する。その稽古では、部員たちが「肖像画」という演目を披露する。その際に、個々の演技をみて、高橋さおりは「本当にそれでいいのかな?」と思うのだが、実際、具体的に言葉にできず、その声はナレーションによって語られる。つまり、彼女は自分が思っていることに対して懐疑的であり、確信をもてない人間である。しかし直後に吉岡先生は言葉にし、指摘する。吉岡先生は高橋さおりの代弁者となり、二人の信頼関係はあっという間に築かれる。

 やがて、吉岡先生はいなくなる。「神様みたいだ」と尊敬していた人、目標(=全国)へ導いてくれる先生がいなくなるのだ。これは先述の通り、ももいろクローバーZの活動に照らし合わせることができる。ここで、百田夏菜子の発言をひいてみよう。

もう悪い大人は、私たちの前に壁を作ってくれないんだなあと思って。だから私たちが今度は自分たちで、大人の事情とか関係なく、もっといろんなことをやっていけたらいいなって思いました。

natalie.mu

ライブを重ねる毎にキャパシティが増大していき、遂に国立競技場に達した彼女たちの前に誰もいなくなった。壁を仕掛ける大人たちがいなくなってしまったのだ。それでも百田夏菜子は「ゴールはない」と断言した。もう「○○のような」という目標を彼女たちは設定できなくなった。今彼女たちの前に、どれだけの女性アイドルが、男性アイドルが、歌手が、いるだろう?

 突然、目の前に誰もいなくなることの虚無、足跡の無い道を歩くことの困難に演劇部は直撃する。そこから、ほころびが生じていく。まず、あけみちゃん(佐々木彩夏)が行き詰まる。高橋さおりも行き詰まる。高橋さおりは「こんなとき、吉岡先生ならどうするんだろう...」と頭を巡らせる。そして、あけみちゃんにこう告げる。「このまま、ずっと、何かに向かって、歩き続けるだけでいい。どっかにたどりついたら、そこで終わっちゃう気がする」そうやって、「ゴールにたどり着く」恐怖を払拭するために「ゴールはない」と、あけみちゃんにも、自分にも言い聞かせる。まだそれは確信ではなく、それしかないという選択である。

 今度は、高橋さおりが部員たち全員の前で言葉を投げかけるシーンがある。これまで、高橋さおりの言葉は主にナレーションによって、語られてきた。ともすれば、煩わしいまでに感じていた、あの「思ってるだけで、言葉にできない」言葉がついに、高橋さおりの口から発せられるのだ。それは、確信を得られなかった、疑いが、吉岡先生との出会い、部長としての役割を経て、成長した彼女が「歩き続けるしかない」という確信へと変化して、でてきた言葉だ。「幕が上がる」は(ももいろクローバーZは)高橋さおりの(百田夏菜子の)言葉に魅了されるのだ。