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diary

映画と本

『デーモンラヴァー』(2002年)オリヴィエ・アサイヤス監督

cinema

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普段アニメを見ないせいか、少なくとも過激であったポルノ的なアニメの映像を見て、ある種の気持ち悪さを感じた。気持ち悪いといったら、乱暴か。存在は知っているけれど、快感に感じられることはないので、敬遠していた映像をまざまざと見せつけられた衝撃ともいえるかもしれない。なので、「なんか、気持ち悪い」と思いながら、見続けていたのだが、オフィスのシーンで、よりその感覚は確実なものになった。空間の中で意図的に配置されている白のプロップ。テーブル、ライト、壁板、社員が着用している白シャツ。透明のガラスもそうだろう。清潔のイメージをまとった、それらが人工的で無機質な場所を構築している。そのような場所でふかされているタバコは美味しそうには見えない。オフィスに限らず、この映画で何度かタバコをふかすシーンがあるが、全て不味そうである。 

 

一方で、気持ち悪さと並行して'不隠さ'がフィルムを侵食している。雨に打たれる車のフロントガラス越しに捉えられる人物たち、ブレまくる手持ちカメラ。鳴り続ける電話の呼び鈴にも物語の先ゆきを曇らせる効果を生ませている。音といえば、Sonic Youthが手がけた劇伴は迫力という面でみれば素晴らしいのだが、いささか強引に'不隠さ'へと誘導しているようにも感じられる。それもこの映画の中では、一つの世界に埋没してしまう危険性を露呈させることに一役かっているのは言うまでもないので、おそらく計算済みなのだろう。パソコンの画面(=拷問の映像)に釘付けになっていた女が、知り合いが目の前にいることに全くもって気づいていなかったことがその証左だ。クライマックスに近づくと、男女の食事シーンを迎える。(そのシーンでもやはりタバコ同様に酒も飯も美味しそうではない!。)恋愛的な科白が用意され、男女はキスをしそうになるのだが、やはり映画はそのような体温レベルの行為は拒否する。しかし、カットが変わると男女の身体は交わっている。もちろん、キスを拒否したのだから、この映画では許されない行為である。したがって、身体が交わることは物語の先ゆきを曇らせる予兆にすぎないのだ。

 

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