読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

diary

映画と本

『レディ・アサシン』(2007年)オリヴィエ・アサイヤス監督

cinema

f:id:takemo1025:20151111004916j:plain

女(アーシア・アルジェント)と元彼(マイケル・カドセン)が話している。二人はかつて不倫関係にあり、今は別れているが元彼は妻と離婚したらしく、久しぶりに連絡をとり、再会したようだ。元彼はやたらと「お前はおれの所有物だった」だの、奴隷プレイをしたことについてニンマリ顔で振り返っている。次に二人が会うのは元彼の家になる。女は関係を断ち切ろうと鍵を返す。しかし元彼は女が自分の支配下にある信じて疑わないので、しきりに身体を求めたり(その姿がやや滑稽なのだが、二人が快楽のみで結ばれた関係であったことがわかる。)、ときに怒号にも到底なりえない、弱さを隠すための威嚇のような叫びを発してみたりもする。この先に起こる出来事は元彼の頭には微塵もないだろう。
 
女は元彼と家で会う前に、ある男(カール・ン)に「愛している」と告げられる。女は、どこかのタイミングで諦めたはずの、捨てたはずの無垢なる「愛している」という言葉を再び獲得できると希望を見出しただろう。だから、元彼のもとに行き関係をキッパリ断ち切ろうと思ったはずだ。しかし、そんな淡い希望すらも簡単には手に入らない。一度足を踏み入れたからには、やすやすとおさらばできるような単純な世界でないことをアメリカのギャング映画、とりわけ「カリートの道」で目撃したではないか。だから女は身体の後ろに隠した銃を発砲する。元彼にとっては最上のプレイだったであろう皮肉な最後だ。
 
「愛している」と告げた男は本当に女を愛しているのだろか?人を殺してしまったけど、やむを得ない…これで二人は誰も知らない土地で生きてゆくんだ。となる気配は一切見せず、既に元彼を殺す前から疑惑を投げかけている。ということは、この映画は二人の理想郷があるのか?ないのか?というありきたりな着地(往々にして、それはないわけだが!)を予感させたりはしない。「愛されている」と思い続けることで、男の指示の通り行動する女は裏切られていたことを知ると、今度は男を刃物を持って追いかける。どんな言葉を信じ、誰を信じ、どうやって生きてゆくのか模索し彷徨する女。最後に女がその刃物をどうするか固唾を飲んで見守るしかない。