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diary

映画と本

『サムシング・ワイルド』(1986年)/『愛されちゃって、マフィア』(1988年)ジョナサン・デミ監督

cinema

ジョナサン・デミの名前は知らずとも、『羊たちの沈黙』を知る人は大勢いるだろう。個人的なベスト映画に挙げる人も多数、ぼくの周りにもいるし、多分検索をすれば「映画の入門編」的なまとめリストに我が物顔で居座っているだろうし、90年代を総括するうえで、メディアは無視することはできない作品だと思う。ツタヤでも長年ロングセラーの棚がお決まりの席と化している。そんな作品を撮る前(前作と前々作)のジョナサン・デミの作品に興味が出たので、雑文を。(どちらかというと、近作の『レイチェルの結婚』が面白くて、ジョナサン・デミを思い出したのですが...。)確かウェス・アンダーソンが何かの媒体で、何かの括りで紹介した(覚えてない...)10本程度の選出映画の中に『愛されちゃって、マフィア』が入っていたので、そのことも興味をひかれる原因となってます。DVDは廃盤で、高値がついているので、観ることを諦めていたんですが、丁度この前契約したCS放送でタイミングよく、放映が決定していたので録画して観ました。そのついでに『サムシング・ワイルド』のDVDを買いました。

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 『サムシング・ワイルド』(1986年)

いかにもサラリーマン然とした、薄顏で短髪でスーツを着た、無個性な男(ジェフ・ダニエルズ)がカフェで小休憩をしている。彼は食い逃げをしようとして、店を出たが、女(メラニー・グリフィス)に目撃され、その弱みにつけこまれ、旅に連行(!)される。一見、真面目で保守的な男が、自由奔放な女と出会って、人生の風景が様変わりしてしまう。男は女に「ぼくは保守的にみえるけど、反逆児なんだ!」と得意気に言い回していたのに、女が車で目的地に向かわないことや、破天荒な行いに対して、すこぶる動揺して騒ぎ立てるのが、面白い。食い逃げをして、「ぼくは反逆児なんだ!」と言い張ってるくせに、女の言動に見事に振り回されてしまう、これで男が小心者で性根が腐っている、という性格的なものが一気に浮き彫りにされる。女の行動に、事実を隠して親の前で仮想夫婦を演じさせるシーンがあるのだが、それがバッファロー'66」(1999年/ヴィンセント・ギャロ監督)を想起させる。その後の映画に影響を与えたであろう要素も垣間見えたりする。車に乗って、カーステから流れる「Wild Thing」(メジャーリーグのテーマ?)を男女が歌うシーンにアメリカ映画らしさ(勝手なイメージ)を感じたり...(広大な荒野の一本道を走る車とロックンロール、という構図の縮小版)。最初こそ、「女が男を振り回す」ことを徹底して、突然現れた女の素性はこのまま(観客にも、男にも)知らされなくとも、さして不満を残すこともないだろうと黙認させるほど、軽快なリズムで展開される。しかし、中盤の高校の同窓会から、女の過去が徐々に明らかになるにつれて、首根っこ掴まれて往復ビンタされ続けられたような男の決心も固くなっていく。ここまでくると、「事件に無関係な(しかも善良な)男が事件に巻き込まれる」というヒッチコックを思わせる展開から、更に一転して、女の素性、あるいは男の決心の行方になってくる。そしてやはり同時にラブコメでもある。間抜けな男が、自覚がないまま大事件をすり抜ける、よくあるコメディではないし、しっかりと物語に決着をつけています。意外に(?)80年代ベスト10本には確実に入るであろう傑作でした。

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『愛されちゃって、マフィア』(1988年)

前作の『サムシング・ワイルド』は「女が男を振り回す」側面でみれば『トゥルー・ロマンス』(1993年/トニー・スコット監督)の名を挙げられるし、悪役で好演したレイ・リオッタは後に『グッド・フェローズ』(1990年/マーティン・スコセッシ監督)で主演に迎えられている。『愛されちゃって、マフィア』の終盤に訪れる、対立している四角の関係が一つの部屋に相対するという、壮絶かつ、ギャグに他ならない演出なんて、やはり『トゥルー・ロマンス』でも描かれているし(こちらは三角関係)、ギャングの日常を描いていることでは『グッド・フェローズ』でもある。細かく言えば、ギャングから足を洗いたい願望は『カリートの道』でもある。それほどジョナサン・デミの二作は後の映画作家に影響を与えた、なんて言ってみたくなるほど、素晴らしい。

 ギャングの妻が、夫が人を殺して手に入れた金や、盗品で飾られた家での生活に辟易し、家を飛び出す。『サムシング・ワイルド』では男が外部の力(=女)によって、半ば強引に世界を拡げられ、終いには一丁前の男になるというストーリーであったが、『愛されちゃって、マフィア』では、女が自らの決意で家を飛び出す。しかし、ギャングのボスに一方的に好かれているため、関係を断ち切りたいが断ち切れない状況になってしまう。ここからFBI捜査官が介入してきて、物語はややこしくなってくる。「断ち切れないギャングとの関係」「禁断の恋」「囮捜査」「夫婦喧嘩」がFBI捜査官、女、ギャングのボス、ギャングのボスの妻の主に四角の関係によって入り乱れて、部屋に集まるギャグへと収束していく。ここまで複雑でありながら、絶対にギャグを忘れずに、むしろギャグに徹しているのが愛すべきところである。車中でのハンバーガーの会話はタランティーノ映画(ここでは『パルプ・フィクション』だけれど、女性主人公の犯罪映画『ジャッキー・ブラウン』も想起されてくる。)なんかを彷彿させます。追加注文で車をバックさせる必要性を感じさせないところなんかも...。(もちろんそれによって、生み出せれるリズムはありますが。)足を洗いたい女に、ギャングのボスがすがりつき、ヒステリックな妻が不倫の被害妄想に囚われるという最悪の状況が何度場所を変えても変化しないのに対し、女とFBI捜査官の齟齬は解消されていく。女が結局、美容院から別の美容院へと移った。最初は客だったのが店員となった。自分で自活していく過程の間に起こった抗争にすぎないというギャグで最後は綺麗に締まる。

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