diary

映画と本

『プリティ・イン・ピンク』(1986年)/『恋しくて』(1987年)脚本 ジョン・ヒューズ

今年日本で公開された『ピッチ・パーフェクト』は劇中に、ジョン・ヒューズ監督作『ブレックファスト・クラブ』(1985年)を男が女に観せるシーンがあり、その作品の内容を知ることが一つ『ピッチ・パーフェクト』をより楽しむフックになっていました。邦画でも『ソロモンの偽証』の最後、裁判を終えた子どもたちが校庭を喋りながら歩くシーンでは『ブレックファスト・クラブ』の補修を終えた登場人物たちが帰り際に二言三言かけ合う最後のシーンや、五人が本音を打ち明け合うシーン、などが重なった。直近でもこのような例を挙げられるほど、今や「青春映画」の基礎を作り上げたといえる、というか既にそのような言及は各所で成されているはずなので、今更ではある...。この辺り(学園映画、青春映画)を編作した書物をまだ目に通していないので、とても気になるところではあるが、今回はジョン・ヒューズが脚本/製作をした2本の映画を観た。

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『プリティ・イン・ピンク/恋人たちの街角』(1986年)ハワード・ドイッチ監督

当時観ていた、日本のテレビドラマ『野ブタ。をプロデュース』(2005年) が、ぼくは大好きだった。桐谷修二(亀梨和也)と小谷信子(=野ブタ堀北真希)は真逆の存在である。クラスの人気者と陰キャラ、同じ教室にいながら、その差は歴然とひろがっている。「二人が仲良くなる」なんて、当然ありえるはずがないと、誰もが、もはや無意識に思っている。当然二人もそうだ。「小谷とつるんだら、イケてるグループから弾かれる」「桐谷くんと話したら、クラスの女子にいじめられる」と、お互い出来ることなら無関係のまま1年間過ごしたいとさえ思っていたかもしれない。そのような学校での階級、クラスでの立ち位置を俗にスクールカーストとよぶが、このような線引きを青春映画を描く際に、避けては通れない。『プリティ・イン・ピンク』においても同様である。主人公の女は最後、二人の男どちらかを選択することになるのだが、二人の男は対極の位置に置かれる。端的にいえば、一人は女の理想的な「金持ちでイケメン」、もう一人はイツメンの「一方的に好かれていて、ちょっと煩わしい男」である。女は後者の男のアタックを適度にあしらいつつ、前者の男に好意をよせる。『野ブタ。』は男女が周囲の目を気にして、誰にも気づかれないように、むしろ避けつつも運命的に、ひっそりと関係を築いていたのに対し、『プリティ・イン・ピンク』では、男女が最初こそ(!)、お互いに歩み寄ろうとする。これは小谷ほどの絶望的な濃度の陰が女には無いに等しいことが理由にはなっている。ということは、もしかしたら『花より男子』(2005年)の牧野(井上真央)の境遇のほうが近しいかもしれない...。とはいえ、「理想を投影できる人」よりも「自分を愛してくれる人」に女が気づくことができるかどうかが、物語に決着をつけるうえで、大きく左右させると思わせるのに、最後の女の選択は「どうしてそうなった!」と頭を抱えてしまうのである。

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『恋しくて』(1987年)ハワード・ドイッチ監督

 スクールカーストとか、階級差を超えた恋愛とか、これは二作に通ずるキーワードである。ジョン・ヒューズ作品の通奏低音といっても過言ではないと思う。今作では、男が最後二人の女、どちらかを選択することになる。お察しの通り、ほぼ『プリティ・イン・ピンク/恋人たちの街角』を擬えているということは隠しきれない。とはいえ、主人公の家庭的な問題を描いていること、周囲の雑音が肥大化していることが、前作(にもあったが)とは違っている。『ローラーガールズ・ダイアリー』(2009年)は女の子が直向きに青春という時間をローラーゲームに捧げることをスポ根的に描いていたといえば、そうではないだろう。それよりも母娘の対立、母の不理解(主人公が男なら、逆になるのかな?)を浮き彫りにすることで、ティーンの共感を生み出したのではないだろうか。「子供を縛る親」と徹底抗戦することが、子供の通過儀礼であることを思い返さざるをない。そして『恋しくて』でも、その図式(親vs子)は用いられるのだが、それが傑作なのだ。親の「年をとればお前も分かる」と言わんばかりの忠告(後に感謝することもあるけれど!)は、今この瞬間を生きる若者には何ら響かないことを男は体現する。それがある種、破天荒な行為であることは間違いないし、「詰んだな」と思わせもするが、男は「負けるとわかってる闘い」にもなお、微かな隙間から差し込む陽光に希望を託すかのようにして、身(と経済面)を削りながら挑む。その勇姿に、「対話や思いやり、あらゆる手段を用いても、通じ合えない人は、一生通じ合うことはない」だから諦める、という常套な手段なんて何のその、「信じたい人を信じる」のみ、なのだ。しかし、だからといってその健全な気持ちが必ず報われるかといったら、そうではないし、報われたとしても、それが自分が望んでいた光景とは違うことすらある。その意味では『プリティ・イン・ピンク』では観れなかった光景が今作には待ち受けていた。

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