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diary

映画と本

『マラノーチェ』(1985年)/『ドラッグストア・カウボーイ』(1989年)/『マイ・プライベート・アイダホ』(1991年)ガス・ヴァン・サント監督

 ファッション誌『Them magazine』の読者や、『Huge』を愛読していた古着好き、ファッション好きの男なら誰しも、ガス・ヴァン・サントの名を知っているだろう。写真集『108 Portraits』などはプレミアがついているし、30〜40代の編集者に好かれているんだろうな、という予想を遠い目をして思うことができる。特に『マイ・プライベート・アイダホ』(1991年)に出演した、リヴァー・フェニックスは、よもやカルト的人気を獲得していて、今もなおファッション誌に永遠のアイコンとして担ぎ上げられている。毎年、目を通している気がするが、その度「またやってるよ」と苦笑いしてしまう。そんなこんなで、避けていたガス・ヴァン・サントの作品をグザヴィエ・ドランのベスト10(下記リンク参照)によって、再度発見した。

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『マラノーチェ』(1985年)ガス・ヴァン・サント監督

 ジョン・カサヴェテスは『アメリカの影』(1959年)を撮った。ジム・ジャームッシュは『パーマネント・バケーション』(1980年)を撮った。そして、ガス・ヴァン・サント『マラノーチェ』(1985年)を撮ったと、これが率直に、素朴に、思うことだ。物語に起承転結や、大きな事件、それによって起こる関係性の逆転とか、そういったドラマ的な出来事を極力排除している。銃は人に撃たれることはなく、標的のいない平原に虚しく発砲されるだけだ。車を盗む素振りをみせてもそれは結局「茶化した遊び」にすぎない。では、なぜこの車を盗むシーンが必要だったのか、それは絶対に必要だった。なぜなら、一本道で停車する車の上で、寝そべる男を収めたショットを撮りたかったからだ。それだけのために車の運転の練習があった。車の窓から顔をだすショットもそうだろう。しかしながら、虚しく響く銃声も、消えた男も、車の運転の練習すらも、後に方向を変えて、再度立ち現れる。その瞬間は何も起きてないようで、何かが起きている(その逆もまた然り。)。

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『ドラッグストア・カウボーイ』(1989年)ガス・ヴァン・サント監督

 きっと、ドラッグストアを強盗するシーンを撮りたかったんだろうな、と思う。何十年後かに『マラノーチェ』が、どうのような映画だったか鮮明には覚えていなくても、「車上で寝そべる男」はハッキリと覚えているだろうし、『ドラッグストア・カウボーイ』においても、「ドラッグストアを強盗するシーン」は容易に思い返すことができよう。実際、高校生のときに観た、この映画の強盗シーンを、ぼくはすぐに記憶から引き出した。運やジンクスを信じる男なんて、まさに中学生が真似しそうなキャラ作りが完成されている。おまけに、居場所のない若者が各地を転々として、その日暮らしを繰り返すときたら、男子の大好物だ。いかにも「ファッション誌に好かれそうな映画監督」たりえている。それでも、男2女2のチームワークでみせる計画的な強盗シーンは「なるほど」と、頷く面白さだ。

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『マイ・プライベート・アイダホ』(1991年)ガス・ヴァン・サント監督

 

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