diary

映画と本

『ミスター・ロンリー』(2007年)/『スプリング・ブレイカーズ』(2012年)ハーモニー・コリン監督

 

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ミスター・ロンリー』(2007年)ハーモニー・コリン監督

 

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スプリング・ブレイカーズ』(2012年)ハーモニー・コリン監督

 今現在、居る場所に満足など到底出来るはずもなく、日々「ここではないどこか」に想いを馳せる10代の娘たちが、春休みに憧れの地へと赴く、と聞けば、われわれは即座にあらゆる映画を想起する。ふて腐れた顔で、街から街へと居場所を変えるであろう『ゴースト・ワールド』(2001年)、それは同じ10代の娘たちが主人公という共通点があるから想起されているわけではない。『パーマネント・バケーション』(1980年)だって、寂れた街から離れ「ここではないどこかへ」辿り着くが、結局彼らに見えている風景はどこへ行っても変わらない。そして、疑いようもなく、ぼくは『マッドマックス 怒りのデス・ロード』(2015年)もそうであると考える。彼/彼女たちは荒廃した世界との決別し、「ここではないどこかへ」と、ひたすらにエンジンを切り続ける。結局、目的地が何処に変更されたかは観ていただきたいのだが、当初の目的地は幻想に過ぎなかった。目的地は往々にして、(たどり着いたとしても)望んでいた光景とは遥かに違っている。つまり、そこで死ぬか、たどり着くまでに死ぬか、はたまた『怒りのデス・ロード』のように、目的地をあっさりと、否、賢明な判断によって、変更することだけが生き延びる可能性を提示したように、その「生き続けられる」方法を見つけるか、でないと、永遠に浮遊し続けるばかりである。

スプリング・ブレイカーズ』(2012年)の娘たちは、「ここではないどこかへ」過大な期待を寄せている。ビーチで乱痴気騒ぎすることが、そんなに楽しいのか?と、共感なんてものを誘う、あざとさをかなぐり捨てて、ご機嫌にEDMが映画を支配する。観るものにとっては、苦痛でしかない「わたしたちの世界」が充満している。ことに青春映画に共感は必要不可欠な要素だと思っているので、それは衝撃的だ。いかに若者の「リアル」を描き、観客に「まさに、これは、わたしだ!」と思わせることが、どれだけ映画に愛着を持たせ得るか計り知れないだろう。なので、一見風変わりな青春映画、若者の自墜落を描いた映画だとレッテルを貼られかねない。ビキニギャル四人組、酒、ドラッグ、これだけ並べば、ある程度映画を見ている人は、大体の予想はつくでしょう。しかし、ビキニギャル四人組は往年の青春映画の系譜に漏れることなく、自らの道を選択している。『青春群像』(1953年)にまで遡ることができる、その系譜とは、「そこの残るものと、離れるもの」だ。EDMが乱雑に鳴り響き、酒と煙と裸がカメラの前を無数に横切る光景は、まさに(悪)夢のようで、警察に捕まった彼女たちは口々に「こんなはずじゃなかった」と悪夢のような現実を嘆く。そして、「離れるもの」は途端に安眠につく。「残るもの」は覚めないように、(『怒りのデス・ロード』のように)その方法を見つけ、実行するしかない。

悪夢が覚めそうな瞬間は何度も訪れる。罰金を支払い、ビキニギャル四人組を釈放へと導いた男(ジェームズ・フランコ)は、彼女たちを売春しようと企んでいるのではないか?と懐疑の目を向けざるを得ない、悪者の風格を完璧に演じきっているし、その疑いが検討外れにしても、頼んではないけれど、罰金を払ってくれたおかげで逮捕を免れた彼女たちは、僅かな期間、男の機嫌をとることを最低の礼儀として行わなければならない。いつ、男が彼女たちに(死に至る)暴力を振るうか時間の問題だと思うのも束の間、ビキニギャルたちは乱痴気騒ぎに明け暮れている。マブダチにもみえるほどに。

一方で家で娘の帰りを待つ親がいる。その姿をカメラは映さない。みえないのだ。彼女たちは電話越しに「最高の仲間に出会ったの。人生の見方が変わった。」なんて、穏やかな口調で、どっちにもとれる、一見優等生な発言をしてみせる。親はもしかしたら心配もしつつ、娘は貴重な春休みを満喫しているという安堵の気持ちも抱いているかもしれない。この親の視線が観客にも強いられる。冒頭の強盗シーンを思い返そう。「ゲームのようにやればいいのよ」と繰り返し言われるように、まさにそれはゲームのようだ。車が襲撃先の店を半周する間に、強盗は成功する。銃とバットを携え、乗り込んだ現場の状況を一切カメラは追わずに、車に同乗している。だから「意外とすんなり成功したんだな」と拍子抜けするほど、彼女たちの作戦は成功したと、思わざるを得ない。しかし、その現場の状況を後に彼女たちが語るとき、一人車に乗っていた女(と観客=カメラ)は、その暴力的な光景を想像し、うろたえる。親同様に、遠巻きに眺めることしかできないので、本当の事実を知る術がないのだ。

ラストは、その一定の距離を保つ彼女たちの行動に驚愕する。その前に、この映画において、もっとも緊張感を帯びたシーンがある。ベッドの上で二人の女が男に銃を突きつける、それが本気なのか、遊びなのか到底予想もつかない、最高にスリリングなシーンだ。思わず、そのやり取りを経て、生と死を超えた関係が築かれたと、思ってしまうのだが、復讐へと向かった男と女たちが、迷いなく「生き続けられる」方法を、素早く行動に移す。幻想のはずの目的地が、覚めるはずの(悪)夢が、永遠であるかのように、映し出される。

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