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diary

映画と本

『マッド・ガンズ』(2014年)ジェイク・パルトロー監督

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『マッド・ガンズ』(2014年)ジェイク・パルトロー監督

荒野を舞台にした、水をめぐる闘い。『マッドマックス』にあやかったタイトルがつけられているのは笑いを誘おうとしているのか...。そんな、安易に名づけたくなるほどの無邪気さを察せるのは、近未来SF・ハードボイルド、と謳われた宣伝文句だろう。こんなにも観る気を削ぐタイトルでありながら、思いの外、傑作だった。年末の風物詩である年間ベストランキングに入ることはあれど、決してディケイドのベストには入らないであろう、典型的な「今だからこそ良い!」と思える映画だ。

父を殺された息子の復讐という、至ってシンプルな物語を「どう語るか」「どう魅せるか」に終始した気迫を感じる。当然ながら、いくら映画が時代を飛び越えようと、そこで描かれる人間の感情に変化はない。いつだって、人間は噂に敏感で、他者を恨み、あるいは想う。復讐もまたそうで、父子は反復する。『インターステラー』(2014年)が父娘の壮大な(猫騙し的な)スケールで描いた愛そのものであったように、『マッド・ガンズ』もまた、たんなる父子をめぐる復讐劇である。その普遍性は美しいショットによって、支えられている。近未来SFと想像するに、荒唐無稽なアイディアだらけでも「なんにせよ未来はこうだから、こうなんです」と言い訳できるにも関わらず、あるいは予算的な問題なのか、近未来要素はあまりに削がれている。よって、近未来なんだけど、「結局残ったモノはこれです」と、舞台に用意されたのは四足歩行のロボット程度である。そして、映画史的な記憶に基づけば、同じ景色がただただ無限に広がっている荒野の景色と、馬(または馬型ロボット)を連れて歩く男たちは(いまや’昔’の映画と記憶される)西部劇を連想させる。ゆえに、常に近未来と懐かしさが一体となったショットの構図は「新しさのなかの古さ」「古さのなかの新しさ」が刺激し合って、独創的なショットが完成されている。ついでに付け加えておきたいのはエル・ファニングを可愛く撮ったショットと、(どこの古着屋でも見かけるカートが着ていた)地図柄のペーパージャケットを着た女の子を登場させるところは、きっちりと若者への目配せをしていて面白い。ツバが真っ直ぐなキャップを被ったオシャレな少年と少女が登場して、荒野を渡り歩くシリアスなドラマと、可笑しな言い方だが、あながち間違えてないように思う。

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