diary

映画と本

『シックス・センス』(1999年)/『アンブレイカブル』(2000年)M・ナイト・シャマラン監督

観客の「終わりよければ全て良し」という見方に懸命に応えているようで、実はそのような偏狭な見方をする人々を黙々と炙り出す作業をしているようにもみえるシャマラン監督。この二作に最後が「ありえない」「退屈だ」といった文句をつけることは、誰にだって出来ることで、だからこそ、誰にもでも言えることを言うことの無個性さ、をただただ露呈することでもある。しかし、諸手を挙げてラストに感嘆とする無邪気さを持ち合わせていないことを自覚しているのであれば、確かにベタすぎるベタを展開するラストを観て「騙された!」なんて言うこともできないはずだ。ともあれ、ラストがどうであれ、観客へのサービスを忘れずに、しかも同時にラストまでの弛緩しないサスペンス劇を展開するシャマラン監督を無視するわけにはいかないのである。

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シックス・センス』(1999年)M・ナイト・シャマラン監督

冒頭に青年が主人公の男(ブルース・ウィルス)の家に侵入する。この青年が今にも何かやらかしそうな、危ない雰囲気をまとっているのが不気味すぎる。到底フレームには収まりきらない、凶暴さと脆弱さを共存させた男を観て、何度も(ワンカットでも早く)フレームから消えてくれと願い請う。やがて、時は流れ、その青年の輪廻転生でもあるかのような思索を疑いたくなる少年が登場する。この疑いはシャマランだからこそであるわけだが、どうもシャマランの作品は先の展開を読みたくなる。そんなことをしたって、予想が当たれば「展開が読めてつまらなかった」となるだろうから、踏みとどまり、映画に心身とも投げ出すことが必須だ。男は少年に青年の面影を、あるいは、救えるかもしれない人に、救えなかった人に対する後悔や後ろめたさを投射することで、過去の傷を回復しようとするのだ。「めまい」(1958年/アルフレッド・ヒッチコック監督)では、「過去の女(元カノ)のイメージを今の女(今カノ)に被せる」という、ある種のパラノイアックな一面を題材にしていたが、その変奏といわずとも、人間は過去の失敗や成功のイメージを、今現実で出くわしている事象に無意識に紐付け、乗り越えようと、操作しようとするのかもしれない。そしてそれは精神科医の男だけではなく、少年も同様に、向き合い方を模索する。両者は両者と向き合うことで、自分の存在に気づくのだ。

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アンブレイカブル』(2000年)M・ナイト・シャマラン監督

元ヤクザが愛する妻と人生を共にするため、非暴力を誓い、ヤクザとも足を洗う、しかしそれでも昔の仲間を放っておいてはくれないし、自身の暴力性を完全に潜めることもできない、みたいな話と紙一重にみえる。男(ブルース・ウィルス)は特殊な能力を持っていて、その力に自身が気づいてるのか、いないのか、それは曖昧だ。だけれど、偶然か否か、他者に害悪を与えてしまう何かしらの力を持っているかもしれない自覚はある。その力を使おうが、使わまいが、周囲の人間たち、しかもよりによって息子が期待と疑いを持ち、最悪の行動に出るのが悲痛だ。こうした特殊能力を持ってしまった人たちは大体、自滅するか、その力を利用しようする悪党に命を狙われるかである。今作を後者に当てはめるならば、敵は(インチキ顔っぷりがすごい)サミュエル・L・ジャクソンだ。だが二人の関係は、言うならばシャマラン節、または、どんでん返し的な結末へと導くサブ・ストーリー、を披露するためにすぎない。一方で展開させる、愛する妻と決して良好とはいえない息子との関係は、またも「居場所を探す男」が苦悩している。

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